日本霊長類学会

和歌山市周辺タイワンザル交雑群個体数調査

平成17年1月
和歌山タイワンザルワーキンググループ
日本霊長類学会霊長類保護委員会

はじめに

和歌山県下に生息するタイワンザル集団によるニホンザルの交雑化は在来固有生物種の遺伝子攪乱の顕著な例である。日本霊長類学会はこれまで実態調査、捕獲事業等に関与してきた(川本他,1999,2001;日本霊長類学会, 2001;日本霊長類学会霊長類保護委員会, 2001)。和歌山県の捕獲事業(和歌山県,2001)が順調に進み、その雑種集団の多くを捕獲することができたが、それにも関わらず、かなりの数の個体が残存している。本報告は、2004年9月に行った生息個体数調査結果とそれに基づく今後の交雑群の個体数増加の予測を示したものである。なおこれまでの簡単な経緯を以下に付けておく。
1945年に和歌山市大池地区に開設された動物園の個体15-6頭がその後野生化した。その後1999年の調査で、約200頭、2001年調査では250頭を数えるに至った。2004年7月までに242頭を捕獲したが、出産による個体数増加もあり、残存個体数は掌握できていなかった。そのため、本調査を2004年9月に実施した。

2004年9月 第5回個体数調査の結果

目的

2004年7月捕獲後の残数および生息状況を把握し、今後の個体数増加を予測する。

調査方法等

調査期間:2004年9月20日から9月25日迄
場所:和歌山市大池地域
調査参加者:和秀雄・川本芳・前川慎吾・大澤秀行・室山泰之・鳥居春己・後藤俊二・丸橋珠樹・中川尚史・仲谷淳・田中俊明・早川祥子・山田彩・早石周平・清野紘典・佐伯真美・川合静・荻原光・鈴木克哉・鈴木邦彦・植月純也・岡野美佐夫・奥村忠誠一・吉田敦久・横山典子・森光由樹

調査項目:

(1) 群れ数調査
 区画法にて群れおよびオスグループ、離れサルの情報を収集した。調査地を19区画に分けて、調査員を1区画1名の割合で配置し実行した。調査員は個体の目視、足音、鳴き声、痕跡などの情報を収集した。
(2) 個体数調査
 発信器を装着した群れ(孟子1群、孟子2群、沖野々群1群、沖野々2群)を連続追跡し直接観察により群れに所属しているサルの頭数を数えた。
(3) 群れ分布調査
大池地域周辺で地元住民から聞き取り調査を実施し、群れの分布の拡大、拡散の確認をした。

調査の結果および考察

(1) 群れ数調査
 調査により、沖野々群の分裂が判明し、群は全体で4群(孟子1群、孟子2群、沖野々1群、沖野々2群)となった。ほかに新しい群れなどの観察はなかったが、調査期間が短期であったことなどから見落としの可能性もありうるので、今後も情報収集を実施していく必要がある。

(2) 個体数調査
 上記の4群を対象にその遊動追跡と群れ頭数のセンサスを行った。




a) 孟子1群: 群れは、黒岩集落の北部から野尻山、小池周辺を遊動していた(図1)。9月24日に数えた頭数は8頭であったが、発信器の個体を入れると少なくとも15頭が群れにいることとなる。(表1)。
b) 孟子2群:群れは鶏冠山周辺から不動明王周辺を移動していた(図1)。 9月24日、カウント頭数は9-10頭であったが、聞き取り調査の結果、30前後の頭数が示唆された。結論的には9-30頭と推定した(表1)。
c) 沖野々1群:群れは小池周辺を遊動していた。9月23日、9月24日にほぼ完全確認を行ったが、発信器装着個体3頭のみであった。(表1)。この3頭以外は、全て捕獲していた。
d) 沖野々2群:群れは、野尻山周辺、小池周辺、別院付近を中心に遊動していた。9月24日、正確なセンサスにより30頭を確認した。(表1)。

(3) 群れ分布調査
 大池地域周辺で地元住民から聞き取り調査を実施し、群れの分布の拡大、拡散がないか調べた(表2)。



a) 鶏冠山北側で、約30頭の群れの目撃例が数ヶ月前にあった。発信器装着個体の存在、孟子2群の行動域の隣接地域であることなどから孟子2群の可能性が高く、孟子2群の個体数推定に用いた。
b) 新池付近にて数週間前に5頭くらいの個体を目撃したとの情報があった。群れの一部が分散した可能性もあり、今後も継続して情報の収集を実施する。
c) 小野田集落付近にて、今年の冬に5頭程度サルがいたとの情報があったが、詳細は不明で、今後も情報収集に努める。

沖野々1群 2群、孟子1群 2群とも、以前の調査と比べて人をさらに警戒している状況である。また、現在、既設の大型捕獲檻を忌避しはじめている。特に孟子2群は、行動域の中心を北側に変えつつあり、今の捕獲檻では捕獲が困難であると考えたれた。今後は捕獲檻をさらに増設し捕獲努力を強化する必要がある。

(4) 今後の個体数増加の推定:2004年夏の捕獲と個体数調査による推定
a) これまでの調査(1999および2001)により、本集団の年間個体数増加率は平均1.14倍と推定された(大沢他, 2004)。
b) その結果2001年におけるセンサス数250からの増加推定およびその後の捕獲(計216)により、2004年7月(出産後)には77頭になっていると推定された。その後に26頭捕獲されているため9月における推定値は、51頭となる(表3)。
c) 今回の個体数調査および聞き込み調査の結果、沖野々1群 3,沖野々2群 30,孟子1群 8-15,孟子2群 9-30となり、全群合計は約50-80となった。計算による7月の推定値51は、一応今回の調査合計の幅の中に入ってはいるが、計算推定値より実測値が幾分多いといえよう(表3)。この差の原因には、増加率が2001年以降の更に上昇したとする仮定もあるが、増加率1.14以上の可能性は実際ほとんどあり得ない(大沢他, 2004)。2001年または2004年の実測数に誤差があったとするのが妥当であろう。
d) 今回の最大推定値約80から、今後の増加予測をすると2005年の出産後には91頭、2006年には104頭となる(図2)。さらに長期の予想をすると、2016年には大量捕獲前の300頭を突破し、もし十分に餌があるならば(すなわち被害が甚大ならば)2020年には565頭という大群に成長する(図3)。なお今回の最低推定値約50に基づく増加予測については図2,3を参照。
e) このように、現時点で捕獲を停止すると、これまでの捕獲の努力も数年で無駄に終わってしまうことになり、さらなる捕獲努力が望まれる。捕獲に当たっては、現在ある捕獲檻から遠ざかった群への対応などを慎重に考える必要がある。

本報告の基となった野外調査の研究費の多くは、平成16年度日本学術振興会科学研究費補助金 基盤(B)(2)(代表者:川本芳-No. 16310156)によっている。また野外調査は、和歌山県との共同によるものである。
(文責:和歌山タイワンザルワーキンググループ 森光由樹・大澤秀行)






図1 和歌山県大池地区に生息するタイワンザルの行動権と移動ルート



図2.1998年からの個体数と捕獲数および2004年以降2年後の増加推定値



図3.2004年以降、20年後の個体数増加推定


関連資料

川本芳 他 1999. 和歌山県におけるニホンザルとタイワンザルの献血の事例.霊長類研究15:53-60.
川本芳 他 2001.和歌山県におけるニホンザルとタイワンサルの交雑に関する遺伝学的分析.霊長類研究.17:13-24.
日本霊長類学会 2001. タイワンザル交雑群除去要望書.学会記事.霊長類研究. 17:186-187.
日本霊長類学会霊長類保護委員会 2001.  日本霊長類学会「タイワンザル集団の除去に関する要望書」に関わる背景と補足説明「学会記事」, 2001 霊長類研究17:291-295.
大沢秀行他 2004.和歌山市周辺における交雑タイワンザル集団の現状と今後の予測.霊長類研究20:38-39.
和歌山県環境生活部環境生活総務課 2001. 和歌山県サル保護管理計画-特定鳥獣保護管理計画.

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