日本霊長類学会

和歌山タイワンザル交雑群に関する報告(2003年12月)

 2001年10月から2002年9月の期間にWWF・日興グリーンインベスターズ基金の援助を受け、和歌山イワンザルワーキンググループを組織して生息実態調査を実施しました(グループ責任者は和秀雄副会長)。調査は保護委員会事業の一環としておこない、学会の自然保護活動費からの援助もおこないました。この事業では、和歌山県およびその周辺地域におけるサルの生息状況と交雑状況を調査することを主目的とし、生息実態調査、広域調査、遺伝子分析の三つの活動をおこないました。成果の内容は和歌山タイワンザルワーキンググループからの報告としてWWF・日興グリーンインベスターズ基金宛に提出しました。成果の要約を以下に記します。なお本件に関する記事は学会誌「霊長類研究」第193号の【自然保護の窓】にも掲載されています。

要約

 和歌山県が実施する予定の大池遊園周辺地域に生息するタイワンザル交雑個体群の捕獲事業に立ち、個体群の現状把握を目的とした事業を行なった。具体的には、1)大池地域に生息するタイワンザル交雑個体群の分布範囲や群れ数、個体数などの状況の把握、2)直接観察と遺伝子分析による個体群の交雑状況の評価、3)和歌山県および紀伊半島隣県地域における個体の分散状況の評価の3項目について、野外調査と実験分析をおこなった。
 1)を目的とした生息実態調査は、2001年秋季(2001年9月28日~10月2日)と2002年夏季(2002年7月22日~7月27日)に実施した。調査参加者はそれぞれ22名と19名で、区画法、ラジオテレメトリー法、聞き取り調査及び連続追跡調査を併用して行なった。
 分布範囲には、1999年調査時と比較して大きな変化は見られなかった。個体群の分布域は、北側を県道及び鉄道に、東側を国道及び河川に、南側を国道及び県道に取り囲まれており、これらが障壁になっていると推測された。群れ数については、2001年秋の調査では少なくとも3集団(うち群れは2群)が生息していると推測されたが、2002年夏の調査では7集団(うち群れは3群)を確認した。これらの一部は一時的に分派している可能性も否定できないが、移動ルートの分析結果から1群(孟子群)は明らかに2つに分裂したと考えられた。個体数は、2001年秋の調査では十分なカウントができなかったが、2002年には主要な群れでフルカウントを行なうことができた。聞き取り調査などの結果、および有害鳥獣駆除による減少数を考慮に入れると、総個体数は239~250頭と推定された。1999年夏季の調査では170~200頭であり、駆除数を考慮すると増加率は非常に高いと推測された。このことは、カウント時の新生児保有率が高いことからも推察された。実際にこれまで判明しているニホンザルにおける個体群パラメータからの推測によれば、2002年夏季の調査において小集団を重複カウントとしてみなした推定個体数(187頭)を用い、1999年の推定個体数を200頭としても、6.3%という餌付け群に匹敵する値になると考えられた。
 2)を目的とした遺伝子分析では、3種類の血液蛋白質の遺伝子型の判定とミトコンドリア遺伝子(mtDNA)を用いた出生地評価を行なった。捕獲個体から血液を採取し、電気泳動法を用いて遺伝子のタイプを判定するとともに、塩基配列分析とPCR-RFLP分析を併用してmtDNAのハプロタイプを検査した。その結果、分析対象となった4個体のすべてがタイワンザルタイプのmtDNAを持っており、大池生まれと推定された。TSPY遺伝子と血液蛋白質の分析からは、2世代以上を経過した交雑個体と推定される個体が3頭、交雑第1世代と推定される個体が1頭という結果が得られた。このことから、大池地域のタイワンザル交雑個体群では、すでに相当の交雑が進行していることが示唆された。
 3)を目的とした広域調査は、2001年10月以降断続的に行ない、隣県地域行政機関からの情報収集も実施した。目撃情報からは、大池地域からのタイワンザルもしくは交雑個体の分散は確実に進行しつつあることが明らかとなった。ただし、あわせて行なわれた血液や糞を材料としたTSPY遺伝子の分析からは、和歌山県有田川南部地域への分散は証明されたが、和歌山県以外の地域へのタイワンザルあるいは交雑個体の分散については証拠が得られず、今後さらに試料を収集する必要があると考えられた。
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