日本霊長類学会

【受賞】祝!西村剛会員が文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)を受賞!





日本霊長類学会の推薦により、西村剛会員(京都大学ヒト行動進化研究センター・准教授)が令和6年度科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)を受賞されました!
科学技術の発展等に寄与する可能性の高い独創的な研究または開発を行った個人またはグループに与えられる賞です。
西村剛さん、おめでとうございます!

受賞者発表について:https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/mext_01364.html
受賞者一覧:https://www.mext.go.jp/content/20240409-mxt_sinkou02-000035075_1.pdf

西村さんご本人より、受賞された研究内容をご紹介いただきました。



受賞によせて 西村剛



左:西村会員近影 中央:チンパンジー・パルの生後24か月齢の時のMRI画像 右:咽頭の高速振動を高速度カメラで撮影しているところ


この度、一般社団法人日本霊長類学会の推薦で「科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)」をいただきました西村です。表彰にあたり、対象となった私の研究について紹介いたします。

私は、学部・大学院時代から30年近く、サル類を比較対象として、ヒトの音声言語の進化に関する研究に取り組んできました。言語の起源と進化は、今もなお人類進化史上最大の謎であり続けています。言語はヒトにのみ備わった特性です。例えば、私たちの音声言語は、一息の短い間にも、意図した複数の音声を連ねて発する点で、サル類に類を見ません。それゆえに、言語能力を支える生物学的基盤も、人類系統で、言語への適応として現れたと考えられてきました。私が研究を始めた頃は、サル類との比較研究から何か得られるのかと疑問の声も聞きました。しかし、多くの共同研究者とともに研究に取り組んできて、徐々にではありますが、音声言語を支える解剖学的、生理学的基盤の進化プロセスを明らかにしてきました。

私の研究は、音声器官の解剖学的解析に始まりました。
大学院に入ったとき、京都大学霊長類研究所で3個体のチンパンジーが生まれました。その乳幼児を対象に、チンパンジーでも、ヒトにみられるのと同じような音声器官の成長発達があることを見出しました。のどにある声帯から唇に至る空間のことを声道とよびます。ヒトの声道は、二共鳴管構造と呼ばれる特異的なかたちをしていて、それが音声言語を支える基盤の一つとなっています。ところが、ヒトの赤ちゃんは、この構造が発達していません。乳幼児期に、のど(喉頭)の位置が首に沿って下がる喉頭下降とよばれる成長変化を経て、完成します。この研究では、チンパンジーでもこの喉頭下降があることを発見し、さらに、ニホンザルでもその一部を見出しました。関連する研究の成果を合わせて、音声言語の生物学的基盤は、人類出現以前に、言語以外への適応として現れた特性が、人類系統で二次的に言語に転用され、それらと人類系統で現れた新規の特性とが、モザイク的に組み合わさって完成したという新たな進化プロセス仮説を提示するに至りました。これが私の博士論文です。

この解剖学的研究をベースに、研究は、音声器官の運動生理学的研究へと展開していきます。その嚆矢は、テナガザルのヘリウム音声実験です。テナガザルは、東南アジアの熱帯雨林のなかで、ひじょうに大きく澄んだ声で、朗々と歌う「ソング」という音声行動で知られています。当時の同僚と組んで、ヘリウムガス環境下で、テナガザルを鳴かせて、ソング音声を収集することに成功しました。その解析により、テナガザルは、ヒトのソプラノ歌唱の技法で歌い上げていることを実証しました。この結果は、音声の進化的変化は、解剖学的特性を変えることなく、運動の様式を変えることによってもより容易に起こりうることを示した点で注目されました。海外の記者からは、イグノーベル賞ものだよと言われたものです。

この研究は、サルの研究者である私が、ワニのヘリウム音声実験に参加するという、思わぬ展開の契機となりました。こちらが、2020年イグノーベル音響学賞の共同受賞につながります。その受賞は、日本人の14年連続受賞をかろうじて繋いだとして大きく報道されました。受賞発表後1週間は、凄まじい取材攻勢でした。その研究は、私がウィーン大学で在外研究をしていた時に行った共同研究です。ワニが私たちと同じような仕組みでそのうなり声をあげていることを示し、さらに、絶滅した恐竜の音声の作り方についても示唆を得ました。


左:研究に協力してくれたシロテテナガザルの”福ちゃん” 中央:ヨウスコウワニ(©Jim Darlington) 
右:イグノーベル賞トロフィーと賞金10兆ジンバブエドル(どちらもPDFを印刷したお手製、ジンバブエドルはすでに法定通貨ではないので偽札ではない)


このような多様な研究展開で構築された異分野研究者との国際共同研究体制により、サル類の声帯形態とその振動運動との融合的解析を実現し、ヒトの声帯が音声言語に適応的な進化的変化を遂げたことを示すことに成功しました。
ケンブリッジの研究者とともに、染色コンピュータ断層画像法(DiceCT)という新手法を洗練して、標本を壊すことなく、数多くの系統のサル類の声帯の解剖学的特徴を解析することに成功しました。サル類の声帯には、必ず、声帯膜という付加構造があることを見出しました。ヒトでは、このような膜状構造はなく、声帯は丸みを帯びた単純な構造を呈しています。つまり、人類系統で、この声帯膜が進化的に喪失したことがわかります。

次に、立命館大やウィーン大などの研究者らとともに、チンパンジーやマカクで声帯振動を観測することに成功しました。声帯膜は、常に振動し、むしろ、声帯に代わって、発声の主体となっていることを明らかにしました。さらに、実験を重ねて、声帯膜があると、声帯との相互作用により、振動がひじょうに不安定になることを見出します。しかし、そのような実験結果は、人為的なエラーや偶然の可能性を排除できません。そこで、数値シミュレーションによる理論的検証を行いました。数値シミュレーションで、実験結果を再現し得れば、その際のパラメーターを検証することにより、実験結果を理論的な裏付けすることができます。
これらの異分野プローチを組み合わせることで、サル類は、声帯膜振動により、経済的に発声できる一方で、振動が不安定になることを示すことに成功しました。これは、サル類の音声コミュニケーションにみられるような、一声一音で、大きく発声するという形式には適応的です。一方で、ヒトは、声帯膜を喪失して単純な声帯を獲得したことにより、経済性は劣るものの、安定した発声が可能になりました。その進化的単純化は、複雑に音素を連ねる音声言語の礎となったと考えられます。

最後に、私の研究では、多くの標本を使用しています。それらは50年以上もの歳月を経て受け継がれてきたものです。一朝一夕に整うものでありません。また、世代と場所を超えた多くの共同研究者に恵まれなければ、このような多様な研究は結実し得なかったでしょう。多くの先人と友人に感謝します。また、推薦くださった本会ならびに会員の皆様に改めて感謝いたします。このような研究をできる場所は、世界広しといえども、霊長類学が総合的に展開してきた歴史を有する日本をおいて他にないでしょう。


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